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昨日と違う風 その2

    6

 ホスマ達一行は冒険者の店の中に入り、親父さんに会った。彼はウダという。
「新入りかね、仕事を探しに来たのかね」
「そうです。私は賢者のホスマともうします。こちらのハーフエルフはサベック、盗賊をやっております。ドワーフはヨグナの神官戦士でトルテスといいます。エルフの女性はシギャレと申しまして精霊と古代魔術の使い手です。何か、私達にふさわしい仕事はないでしょうか」
と、一気にホスマは長々と紹介する。それに合わせて皆も礼をしていくのだった。
「お近づきの印に、これをどうぞ」
と、トルテスはうさぎの形をした飴細工をウダに差し出す。受け取りながらウダは、
「ふぅむ。なかなか変わったパーティーだ。この細工物はなんだろうか。教えてくれんか」
と、トルテスに尋ねる。
「ええ、これは東の果ての島よりさらに東方に伝わる飴細工という菓子の一種でございます。飴細工と共に我々のパーティーをお覚えください」
「堅苦しい言い方はなしにしよう。仕事を探しているのか。今、新米に任せられるのはあったかどうか。そこの壁に貼ってあるから調べてくれないか。少し、こっちでも考えてみるから」
といってウダは離れていった。四人は、貼り紙を見に行った。
 そこにマブダルが入ってきた。ウダと二人で仕事の依頼の話をしていた。
 四人は〈ドブさらい求む――ウェーブヒル衛生局〉と書かれた紙をはがして眺めていた。
 ウダはマブダルと話し合いを一時中断して四人を読んだ。
「何を持っているんだぁ、ん、衛生局のか……。もっといい依頼があるからそれはあきらめるんだぞ」
と、ウダは衛生局の紙をふところにしまった。その紙は数週間後まで貼り直されなかった。
「こちらのマブダルさんは、道を守るコム神の神官戦士だ。先日、流星があったのは知ってるか」
 その問いにホスマ以外の三人が首を振って知らないことを表明した。
「その流星を調査にしに行くのですか」
とホスマが、是非とも行きたいといった感じで尋ねる。
「依頼は、ホスマには残念ながら隕石の調査ではない。街道の調査だ。報酬は全員で300金貨だが引き受けてくれるかな」
「もう少し貰えませんか」
と、トルテスは言った。マブダルが答える。
「怪物との遭遇1回につき、全員に100金貨ずつ上乗せしよう」
「お前さん達はまだ新米だからこのあたりで我慢すべきだろう」
とウダが言う。
 ホスマが引き受ける旨を伝えると、明日の朝早くにコム神殿に来るよう伝えて、マブダルは帰っていった。
 マブダルが帰ると、ウダは口を開く。
「隕石にはまだあまり手を出さないほうがよいぞ。近頃、隕石神秘主義者達が動いているようだからな。ところで、昼食の時間だが、食っていくかい」
 隕石神秘主義者とは、隕石を神の使いとして崇め、彼らの信仰の邪魔をする者を排除するという狂信的組織である。
 ホスマはごく自然に、自然のように言った。
「店で作って食べます。仕事が終わったらまた来ますよ」
 ウダが何も言う間もなく、四人は去っていった。改めて店内を見渡すと、今日は昼食を食いに来た客がかなり少ないようである。
「なぜ、今日は少ないんだぁ」
と叫ぶと、雇いのウェイトレスが
「噂じゃ、〈夕暮れコボルド〉亭のコックさんが冒険者になるそうで、閉店大サービスで半額だそうですよ。そのコックさんってのがグラスランナーの賢者さんですって」
「〈夕暮れコボルド〉亭といえば、下町には過ぎたおいしい料理が出るっていうあの店かあ。さっきのホスマっていうのはまさか、その店のグラスランナーなのかもしれん」
 その昼から〈夕暮れコボルド〉亭には、客が大入りであった。椅子は隣家から集められ外にも置かれ、常連が材料や酒を持ってきたのである。トルテスも外で飴細工を作り、シキャレが配り、サベックは酔って騒いでいた。店内では、吟遊詩人が唄い、酔っ払いは流行歌を唄い、外ではトルテスが東方の楽器、三味線で騒いでいた。
 いつまでも続きそうな〈夕暮れコボルド〉亭の騒ぎであった。しかし、夕暮れが始まると、みんな外に出て夕暮れに向かって誰からというわけでもなく、「夕暮れの歌」を歌い始めたのである。

日は沈んでゆく 沈んでく
日は去ってゆく
悲しげな そして 美しい
夕陽よ
今は別れでも
再び 会おうぞ 我等が夕陽よ
 
空が暗くなる 暗くなる
闇へと変わっていく
恐ろしげな さらに 眠ろう
朝日よ
今は留守だが
早く 会おうぞ 我等が朝日よ
 ふざける者はなく、涙を流す者がいる中、穏やかに皆は歌っていた。
 この歌はいつもは、夕陽のころに親父さんが手拍子と共に歌って、夜の騒ぎの始まりを告げるものだった。そのはじまりの歌は、今日は別れの歌となってのであった。
 歌が終わると、静かになった。寂しげな風が小石を押していた。
 親父さんが、重い口を開いた。
「これはわしと皆で金を出しあったものだよ。お主の旅の役に立ってくれるはずだよ」
そう言って、親父さんは大事そうに木製の小箱をホスマの手に渡した。箱の上に、静かに水滴が落ちた。
 そう言えば、歌を皆で歌っているときからだんだんと湿気が多くなってきたようであった。
 いつの間にか、空には黒雲がたくさん浮かんでいた。そして、小石が落ちるかのように雨が落ちてきた。
 突如、激しい雨の中、一条の光が一本の街路樹に突き刺さった。木は激しく燃え上がるのであった。
 燃える木の隣には別の街路樹があった。そして、その隣には〈夕暮れコボルド〉亭があった。困ったことになったものである。
 精霊は働きものであった。炎の精霊であるサラマンダーは一生懸命働いていた。降り注ぐ水を無視して、仕事に情熱を燃やしていた。一方、水の精霊ウンディーネは不満であった。サラマンダーに無視されたからである。
 火は〈夕暮れコボルド〉亭に燃え移りつつあった。客の一部は、その場から逃げ始めた。また、精霊を扱える者はウンディーネに力を送り、サラマンダーの勢いを止めようとする。さらに、一部の者は、導師級の力を持っていた。魔術師たちは、精霊力打破の術を使ってサラマンダーの存在不可能な空間を造り出し火を料理屋に近づけさせない。火を止めている間に、身の素早い人々が、料亭の中から財産や机やらを取り出していた。
 ウェーブヒルの役人たちが慌てて駆けつけてきた。役人達と皆の活動で、火は消し止められた。
 だが、石造りの〈夕暮れコボルド〉亭の木造部分や部屋の中は真っ黒になってしまった。長年使われてきたこの料亭の建物ももう使えまい。これで終わりだ、と多くの人々は感じた。ホスマの部屋も燃えたのだ。ホスマの旅に使う道具などは、幸運なことに既に外に運び出されてあったそうだ。
 ここに、ウェーブヒルの下町において、とてもおいしいと評判であった料理屋〈夕暮れコボルド〉亭の終わりを宣言させてもらおうではないか。


   7

 この物語の舞台を含む世界は、全く困ったことに、不完全なものである。
 それはなぜなのか。
 それは、この世界を創造していた神々が、仕事中に喧嘩をして肉体を失ってしまったからである。そして、全く困ったことに、肉体を失った後も喧嘩を続けている。
 もちろん、宗教家達はそんなことを知らないし、一般の方々も知っていない。この世界に住む生き物でそんなことを考えるような進歩的な方は全然いない。
 まあ、ともかく今日はホスマ達の冒険の話を伝えたいので、「世界が不完全なのはどうしてか」という話は机の隣の屑箱に投げ捨てておく。
 それはさておき、世界が不完全なおかげでこの世界では宗教と冒険者が立派に存在を許されている。宗教というのは、人々が幸福を神々に祈ることである。幸福を妨げるものとしては、怪物やら疫病やら失業などがある。
 そして、冒険者というのは、発生して間もないころは怪物を倒すのが主な商売であったと聞いている。それが、近頃は、危険なことでも何でもやる便利屋のようなものになってしまっておる。その中で、落ちぶれた者は、山賊になったり、ごろつきになって冒険者全体の評判を落としてくれている。落ちぶれなくても、成功できずに死んでいく者達も多い。一つか二つぐらい仕事をこなして、自信を持つ頃の冒険者がよく死ぬ。冒険者というのは、実に危険な商売なのだ。冒険者に偏見を持つ人々も多く、石を投げつけられることはあまりないものの、一般人は困りごとかよっぽどの時を除いて彼等に会いたがりはしないようである。
 しかし、それでも冒険者に憧れるものも多く、冒険を題材にした物語や詩も数多く作製される。
 その冒険者と困った金持ちなどの接点が、冒険者の店と呼ばれる建物である。それらの店のほとんどが酒場や宿屋を兼ねており、元々の商売が酒場や宿屋だったというのが当たり前である。冒険者から、遺跡などで見付けたものを買い取り、一般の人々に売り、一般の人々からの仕事を冒険者達に与えるのがそれらの店の主な仕事のようである。冒険者の店の親父には、もと冒険者というのが多い。
 さて、〈夕暮れコボルド〉亭が燃えた次の日の早朝、マブダルと約束したとおり、コム神殿へと出向いたのであった。
 既に、神殿の前にマブダルは立って待っていた。
「お待ちになられましたか。まだ、約束の時間にはなっていないと思いますが」
と、いつもどおり、賢者のホスマがグラスランナーとは思えない落ち着いた声と口調で尋ねた。
「うむ。まだ約束の時間ではない。相手よりも先に来るのが礼儀と、私は考えている。準備を貴殿らもすましてあるようだから、出発しよう」
 マブダルは答えた。
 先日、冒険者の店に来た時と、みんな格好が違っていた。背負い袋や凶悪そうな光を放っている武具や防具を身に着けている。そして、ホスマの指には、微かに魔力を放っている指輪があった。昨晩、ホスマが親父さんとお客様から戴いたものである。箱に入っていた説明の書かれてあった紙によれば、なんと、魔術が一つ使えるようになっているそうである。これさえあれば、魔法の力を全く持たないものでも魔術が使えるようになるのである。
 ホスマが持っている指輪でかけることができる魔術は、灯りの魔法である。
 鐘が鳴った。どこかの神殿が、時を知らせるために鳴らす鐘の音である。そして、今の鐘はマブダルとホスマ達の約束の時を知らせていた。


   8

 早朝、ホスマ達が待ち合わせ場所に行く途中で、サベックが、
「パーティーに、名前をつけよう」
と言いだした。
「名前をつければ、パーティーに仲間としての一体感ができるだろうから是非ともつけるべきです」
 ホスマは賛同の意を表し、
「いよいよ、冒険者らしくなってきたわ。有名な冒険者はみんな、二つ名を持っているわよね、どんな名前にするの」
と、シキャレは興奮する。
「名か、よし、わしとホスマが料理人じゃから、〈料理する者〉でどうじゃろうか」
 トルテスが意見を述べた。この案は、あまり気に入られなかったようで、各人から新たな案がたくさん出される。
「やはり、〈明日へと導く者〉などはどうだろうか」
「いえいえ、〈風〉という言葉が入っているほうがかっこいいに違いないと思うわよ」
「よし、今日からわしは〈幸福の飴を配る〉トルテスと名乗るとしようぞ」
 このような感じで話し合いは続き、二つ名を決め終わってから、パーティーの名を決めた。〈無知を知らぬ〉ホスマ、〈心も盗まぬ〉サベック、〈幸福と飴を配る〉トルテス、〈心優しき穴の乙女〉シキャレという風に二つ名は決まった。
 ホスマ達パーティーの名は〈昨日と違う風〉に決定した。
 マブダルと〈昨日と違う風〉はウェーブヒルをたった。
 マブダルの指示した道を彼等は進んでいた。もうそろそろ、日も暮れようという時分である。空には雲一つなく、一番星も姿を現しかけていた。
「そろそろ、野営にしませんか。星も姿を現しかけていますし……」
 ウェーブヒルからめったに出ないホスマとシキャレは、顔に疲労の様を浮かべていた。ホスマが声をかけると、マブダルはその顔色を、ちらりと眺めてからうなずいた。
「あと、しばらく行けば小屋がある。そこまで言って休むとしよう」
 風は吹いていた。シキャレには、風の乙女が踊っているのが見えた。
 旅人が休憩するために作られた石造りの小屋が、街道の端に見えた。日はすでに暮れていた。元気なトルテスが、
「もう少しじゃ。頑張れ、シキャレ、ホスマ」
と叫んだ。
 すると、
「囲まれたぞ」
 サベックが鋭く一言、言い放った。
「光よ、ここに集え」
 ホスマが指輪に念じた。サベックの頭が光り出した。その光によって、囲んでいたもの達の姿が浮かび出てきた。
 その姿は犬に似ていた。毛並みは茶色に揃っていた。
「狼のようですよ。私達の力でもなんとかなるでしょう」
 ホスマが言った。サベックとシキャレは
「あれが、狼だったのか」
「あれが狼なの。さすが、物知りだわ」
などと驚いてくれる。
 狼は、気付かれたと感じると、素早くホスマとシキャレを狙って襲いかかってきた。
 サベックはホスマに向かってきた一匹に短剣をぶつけた。少し、傷付けることができた。その狼はサベックに向き直った。別の一匹がホスマに向かっていった。ホスマは驚きながらも短剣を相手にぶつけた。が、当てただけだった。
 マブダルはシキャレに向かっている狼に棍棒をぶつけようとした。当たって、狼はぶっとんだ。シキャレは、土の精霊に命じて一匹の狼を転ばした。その転んだ狼をトルテスが狙って戦斧を振り下ろした。はずれた。狼はさかんに攻撃したが、一度、マブダルの鎧にかみついただけであった。
 やがて、狼は不利を悟って逃げていった。土の上には狼の死体が三つ転がるのみであった。
 ホスマ達は傷一つ受けずに、初めての戦闘に生き残ったのである。しかし、マブダルがいなければどんな風になっていたかは全くわかったものではなかった。
 野営を立てて、彼等は休んだ。

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解題 その2

 読めば読むほど、味のない文章です。ひたすら同じ時制「〜〜だった」を多用していて、文章にリズムってものがありません。そういうわけで、過去の作品に手を入れるつもりはなかったのですが、入力しながら作品を読んでいる際に苦痛なので、多少手直しをすることにしました。

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