松比良(その1)
去年の10月中旬(構想段階)に書き殴ってみた、フレーバーテキストです。どんな世界を目指しているか、雰囲気が出ているかどうか判断するには、ちょっと短すぎるテキストですが。
今となっては昔のことであったろうか。
弓原松比良という男がいた。この弓原家は、■■帝の代に皇族から臣に下ったのだというのだが、今では下の国の司になれるかどうかというほどまで衰えている。松比良は、その落ち目の家柄のなかでもさらに傍流に位置する家の三男坊である。
今宵は西へ歩む。
供の者は多くない。
松比良はさる事情により、都にいることが難しくなった。それがゆえ、供回りが少ないのである。
――秋風にかきなす琴の声にさへはかなく人のこひしかるらむ
自然と忠岑の歌を口ずさんでいた。
都に残してきた友たち。そして、あのお方。あのお方にお仕えしていた下々のものたちでさえもが懐かしい。彼らの声を聞けぬ旅路にある我が身が恨めしい。
東国に身を隠し、静かに時がほとぼりを冷ましてくれるのを待つのみである。